不思議な祖母とアリス3
「さあ、座って」
女主人のクイーン・ミラーの後をついて行ったアリスは、不思議な部屋に通された。一面の壁には窓がなく、一面鏡が張り巡らされていた。いや、それだけではなく、天井までもが鏡張りであった。床と部屋の中心においてあるソファだけが、ミョウに現実味がある。そのソファに女主人は腰をかけ、アリスにも座るようにと手招きをする。
アリスは戸惑いながら、ソファに腰掛けた。
「ああ、この部屋?気になさらないでね。私、一番ここが落ち着くものだから・・・」
少し含み笑いをしながら女主人は言うと、執事にお茶とケーキを持ってこさせた。
「さあ、お食べになって。」
アリスは、なんと切り出せばいいのか分からず、とにかくお茶を飲む。その間だけは、時間が稼げるし、正直、こんなに早く二人っきりになるとは思いもしなかった。余りに早い展開で、アリスは自分の心が付いていかない。ただ、濁流に飲み込まれ、必死で流れに身を任せるしかない。しかし、紅茶はいいものだ。緊張で冷え切った体を温め、ほっとさせてくれるのだから・・・アリスは、チラリと女主人に目を向けた。『本当にこのクイーン・ミラーは自分の祖母なのだろうか?』アリスは、ふと思った。金髪の美しい碧眼は、いいのだ。問題はその美しさと、どう見ても30代にしか見えないところ。もしも自分の祖母だと言うのなら、50歳はゆうにこえているのが普通だろう。それが、これ程若いなんて・・・
「ところで、アリス」
アリスは、ティーカップを口元から直ぐに離した。
「は、はい。マダム・・・」
あらあら、とでも言いたげにクイーン・ミラーアリスを見つめた。
上品な紫色のドレスが、更にクイーン・ミラーを現実離れした、神秘的な女性に見せている。まるでクレマチスの花が艶やかに咲き、アリスの目の前で人間の姿になっているかのような・・・そうでなかったら、月の精とでもいてもいいだろう。
そのクイーン・ミラーは、不思議そうに小首を右に傾ける。
「マダムだなんて。他人行儀な言い方はしないでちょうだいな。まったく、アンは私のことを本当に何も話していなかったの?」
こくん。アリスはうなずいた。
「本当に!?」
呆れたと言うように、青い瞳が見開かれ、クイーン・ミラーはもう一度アリスに聞きなおした。そして、同様の答えが返ってきたとき、美しき女主の美しき顔には落胆の色が見えた。
「アンらしい事・・・本当、育て方をどこで間違えたのかしら?まあ、仕方ないわね。もう貴女のパパと天国に行ってしまったんだし。私が今更文句を言って仕方がありませんわね。」
頬杖をつきならが、女主はため息をついた。そして、心を落ち着かせたのだろう。本題へと話を変えていった。
「私はアリアン・クーン・ミラー、みんなはクイーン・ミラーって呼ぶみたいだわね。まあ、好きに呼んでちょうだいアリス。で、簡単に話すけど、いいかしら?貴女の母アンは私の娘で、私が貴女のおじいさん、ウィリアムと30年前に離婚してね。それで、一度アンを呼び戻そうとしたんだけど、アンったら、好きな男の人が出来て、「私、その人についていきます」って。そのときに一度逢ったきり、そのまま帰らぬ人になってしまって・・・」
アリスはただ、自分の肉親であるであろう、姉のような祖母のマシンガンの様な話を聞いているしかなかった。
「で、使いの者にきいたら、貴女が一人で住んでいるって聞いたでしょ?私ったら、嬉しくなってしまって。とにかく会いたいと思ったの。でも、ね。貴女も知ってのとおり、私、ベーデラントにいる時間がほとんどないものだから。で、ついでに貴女、社交界デビューしていないっていたので、今日を選んだというわけなの。ああでも、嬉しいわ。私の孫がこんなに可愛らしいなんて!」
一気にしゃべり撒くし上げると、自称祖母(見かけはどう見ても親子か、年の離れた姉)は、アリスを抱きしめるべく立ち上がり、アリスの体を抱きしめる。
「ああ、アリス、もう離さないわ~アンの分まで、一緒に暮らしましょうね。」
・・・アリスは、鏡の部屋のなかで、めまいに襲われるのをぐっと我慢しようと勤めていた。心のなかで、必死に「羊」を数え、今の自分は夢の中なのだ、などと納得させようとした。
しかし、自分とクイーン・ミラーが何十人、いや何百人もの二人がである。抱き合あう姿は、ある意味、「宇宙空間」に等しいほどの衝撃をあたえ、更に緊張が一気にマックスに達した今、それはまったくの無意味な試みであった。可愛そうなアリスは、自分から意識を手放したのである。

